冷たい手とワルツを踊る

FGOベディぐだ

「ベディヴィエールは何も分かってない!」
「分かっていないのはマスターの方です!」
 廊下を歩いていると、聞こえてきたのはそんな声。珍しいこともあるものだ、とダ・ヴィンチは言い争う二人を見遣る。この二人はいつも、陽だまりの下にいるような穏やかな空気を纏っているのだが、今はそうではないらしい。一体何が起きたのだろう。そんな念がむくむくと湧き上がり、好奇心は猫をも殺すと知っていながらダ・ヴィンチは問わずにはいられなかった。どうしたんだい、と。
 「マスターが私を庇って怪我を……」
 眉を下げるベディヴィエールの隣で、立香はつんと唇を尖らせていた。自分の元に特に報告は届いていないので、怪我の程度は大きくないことは窺い知れるだが、『マスターがサーヴァントを庇う』という行為に対して、或いはそうさせてしまった自分に対してベディヴィエールは憤りを抱いているのだろう。
 ああ、そういうことか、とダ・ヴィンチは潔く理解する。だがこの二人がそれを分かり合うことはないだろうとも考える。各々にとって、それが譲れないものであるからだ。
 立香の中にあるのは、あの日失われた美しいものである。誰にも理解できぬ涙を零し、人には為し得ないことを人の身のまま成し遂げた彼を知っている。最後までその身の秘密を偽り、魂を燃やし尽くした姿を知っている。
 ベディヴィエールの中にあるのは、あの日成し遂げられなかったことへの悔恨である。自らの恣意により、王を彷徨える亡霊に変えてしまった。王を守ることができなかったという自責の念である。
 互いの中にあるものは同じであるのに、譲れないものであるが故に決して交わることがないのだ。今度こそ、という思いが退路を断ち、その念を強くする。根本は同じはずなのに、対象が互いにある時点で優先順位が狂うのだ。失いたくない、という思い故に。
「私からすれば、自分を一番大事にするべきだと思うよ。自己犠牲は自己満足でしかないぜ?」
 根本的な解決ではないが、妥協点はそこしかなかった。優先順位を正さない限り、立香は何度だって身を躍らせる。自らが付けられた自己犠牲の疵を、同じように誰かに与える。そうしてまた、新たな立香が生まれるのだ。
 美しいものを見た。人間の心が見せる、一瞬の煌めきを。そうしていなくなった彼は、最高点で時を止め、少女の心の中に刻まれたのだ。決して消えない傷と共に。生きている彼と、そして全く同じ姿をした同一人物であり別人の彼と、心を通わせた。そうして芽生えた失いたくないという思いは、真っ当でもあり間違いでもある。ああ、何といじらしい娘なのだろうとダ・ヴィンチは立香を思う。
 死人に恋など、するものではない。