すくって、こぼれて

FGOベディぐだ

 干し肉を噛み切る、整った歯列。咀嚼し、繰り返し動く顎。嚥下する度に動く喉仏。そうして再び薄い唇が開かれ、米が口に運ばれる。豪快でありながら、それでも卑しさは感じられない、そんな食事風景であった。
「ごはんを食べる元気はないかと思ってました」
 明日は、後戻りのできない戦いが待っている。獅子王を倒すため、彼の王を殺すため、聖都へと向かう。もう、ここに戻ることはない。そんな状況では緊張で物を食べるような余裕はないのではないかと思っていたが、出された食事は全て綺麗に平らげられていた。立香の言葉に、ベディヴィエールは相好を崩す。
「食べることは、生きること。苦境にある時こそしっかりと食べ、活力を養いなさいというのが王から賜った言葉なのです」
 どこか立香には見えない遠くを見遣りながら彼は呟いた。本当は、何かを食べられるような気持ちではないのだろうということをその言葉でようやく知る。平気であるはずがないのだ。彼は、潰れてしまいそうな心をどうにか奮い立たせているだけなのだから。恐れを、罪深さを感じないはずがない。
 彼はこれから、自らの王を討ちに行く。

* * *

 我が主は、よく食事を共にと誘って下さる。主と共に食事を摂るなどあるまじき行為であると思うのだが、マスターたっての願いと言われれば断るわけにはいかない。ベディヴィエールは不思議でならなかった。
「マスターは、どうして私を食事に誘われるのでしょう」
 自分のような人間と共に食事を摂っても、特別愉快なものではないだろうと思う。気の利いた話はあまりできないし、食欲をそそるような素晴らしい食べっぷりに期待はできない。テーブルマナーの指導であれば、もっと適任はいるだろうし、そもそもマスターは指導が必要なほど下品ではない。
 サーヴァントであるこの身を形作るのは膨大な魔力だ。食事はほとんど娯楽のようなものであり、英霊であるこの体には不要なものであった。ベディヴィエールの問いに、立香は味噌汁の入った椀を傾けながら答えた。
「私はね、ベディヴィエールが食べている姿を見るのが好きなんだ」
 食事を口に運ぶベディヴィエールを、立香は見つめている。眩しいものを見るかのように目を細め、口元を綻ばせながら、じっとその姿を見つめている。今そこに生きている彼を、見つめている。