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FGOその他

過去のワンドロ


 長らく続いていた議論を経て、処遇が決定したカルデアからは英霊が退去し、責任者であるダ・ヴィンチのみが残された──というのは語弊がある。サーヴァントはもう一人、確かにここにいた。
「すっかり静かになってしまいましたね、先輩」
 薄暗い空間、謹慎室の硬いベッドの上でマシュはぽつりと呟いた。先日まで当たり前のようにサーヴァント達が闊歩し、酒盛りまで繰り広げていた館内は、査問会の到着を経て緊張に包み込まれ、すっかりと静まり返っている。
 外部からすればカルデアは脅威であり、人理の存続を大義に掲げてあらゆる違反を尽くしてきた組織である。この扱いは不当であるとは思うが、ルールを破ったことは事実であるので査問を受けることは仕方がない。
「これから、私達は、カルデアは……どうなってしまうのでしょうか」
 引継ぎの処理や然るべき処遇が決定すれば、ダ・ヴィンチもまた退去を余儀なくされるのだろう。サーヴァントとは世界に留まり続けるべき存在ではないからだ。そこで、マシュはふとあることに思い至る。
 自分は、ギャラハッドと融合したサーヴァントである自分は一体どうなるのだろうかと。英霊の退去が決められたことであれば、自らの中に眠るギャラハッドの霊基も例外ではないのではないか。
「大丈夫だよ。大丈夫」
 その声と共に、もぞりとベッドの中に潜り込んでくる人の気配。ごく近く、莞爾とし笑う立香に、硬く凝り固まっていた心が柔らかく解れていく。この人は本当に不思議な人だと思う。彼女自身ははっきりと言えば何の力も持たない普通の人間で、立香より優れ人間はごまんといるのだろう。だが、彼女だけなのだ。傍にいるだけで心が奮い立つのは。理由なく、大丈夫だと強く思える力を与えてくれるのは。
 立香のしなやかな指先が伸ばされ、薄闇の中でマシュの手を取る。触れたその手は、温かい。いつでもこの手は温かかった。力強く導いてくれていた。あの日、全ての始まりと自身の終わりを迎えたあの瞬間。このぬくもりに自分は救われ、そして今もそれは続いている。
 円卓の騎士の力を得て、白亜の壁による守りを授かった。自分にはそれしかなかった。だが、今はその力も失われてしまっている。ギャラハッドの霊基を返還するまでもなく、錆び付いた魔術回路はこの身を常人に変えてしまったのだ。もしも、このまま英霊としての力が戻らなければ、自分には一体何ができるのだろう。『それしか持たない』自分に、一体何が。
「はい、きっと」
 大丈夫、とは言えなかった。立香の手を不安ごと強く握り込む。何もできないままに、この人を失いたくはなかった。何も持たぬ自分に一体何ができるのだろう。心の内に澱のように積もりゆく恐怖は消えない。
「…………きっと」
 貴女を守ります。その言葉は声にならずに消えていく。
 敷布の中のぬくもりを感じながら、最後に残ったサーヴァント、マシュ・キリエライトはゆっくりと瞼を下ろした。