黄泉の女王アマルティーニ

オリジナル

科学技術の粋たる光学兵器。その強大な熱量が西の森を焼く。
消し飛んだ己が半身を見つめながら、死とはこんなにも孤独で冷たいものなのかと黄泉の女王は静かに目を閉じた。

残った遺骸を基に作られた自動人形は圧倒的な殲滅力を誇り、大陸を覆う戦火はより激しさを増していくこととなる。


 西の森に行ってはならない。遥か昔、この地に存在した七つの国を屠りし黄泉の女王が住んでいるからだ。
 女の名はアマルティーニ。この地に国というものができるよりもずっと昔、楽園と呼ばれていた時代に、神々によって造られ人間として生を受けた。神々と共に楽園の果実を食み、ネクタルを飲み干して育った彼女は朽ちぬ体を持っていた。
 やがて増え過ぎた人間は大陸を埋め尽くさんばかりとなり、憂いた神々は粛清へと乗り出したが──死を恐れた人々は、神へ反旗を翻した。武器を手に取り、神殺しの戦いを始めたのである。アマルティーニも死にたくない一心で初めて槍を握った。それが彼女の長い人生の始まりとなることも知らずに。
 アマルティーニは強かった。次々と神を屠り名を上げた。神々は楽園から姿を消し、広大な大地と半分以上も減った人間が残された。人の時代の始まりである。
 戦争は終わった。だが、アマルティーニの闘争は続いていた。神々を退けた人々が次に恐れたのは、神をも殺す力を持ったアマルティーニであった。
 死にたくないという一心で、アマルティーニは同胞であったはずの人間達を屠る。人はまた数を大きく減らし、アマルティーニは西の森へと姿を消した。
 森での生活は孤独であった。ただ皆で楽しく生きたかっただけなのに、何故こんなことになってしまったのだろうか。神々の去った後に神秘は残らず、神秘なき地に生まれた者には定命の枷が嵌められたが、アマルティーニは朽ちぬ体のままであった。誰とも関わることなく独り生きてきたアマルティーニは、増えた人々が幾つもの国を作り再び大地を埋め尽くした頃、槍を携えて森を出た。
 そうして産声を上げた黄泉の女王は、七つの国を滅ぼし森へと帰る。残ったものは失意だけ。女はまるで罪人のように粛々と日々を送り、遠い年月が過ぎた。
「お前がかつて世界を滅ぼしたという黄泉の女王か」
 永きにわたり立ち入ることのなかった西の森を訪れたのは、実に屈強な男であった。泉で沐浴をしていたアマルティーニは、瞬きすら忘れて男を見つめる。
「俺はアルド国の一の戦士。お前に勝つことができたなら、俺の妻となれ」
 アマルティーニは声を上げて笑っていた。まさか求婚をされるなどと思ってもみなかったからだ。実に愉快で──嬉しかった。この男なら望みを叶えてくれるのではと希望を抱き、すっかり血の落ちた戦装束に袖を通して槍を握る。
 喜びのままに立ち合い──瞬き一つの間に、男の首は地に落ちていた。



「私の願いを叶えてくれ、オルフェ」
「はい、お師様。七つの国を滅ぼして、必ずや戻って参ります」
 その日、西の森を一人の女が発った。赤子の頃に黄泉の女王への生贄として森へ捧げられた人間である。アマルティーニによって育てられ、そして育ての親たる彼女の願いを叶えるために、女は世界を滅ぼす旅に出たのだった。
 それは、黄泉の女王の再来であった。オルフェが歩を進めれば、騎士も戦士も等しく死に絶える。たった一人の女が幾万もの兵を殺し、国を屠っていく。求めているものは強者のみ。自分を殺すことができる──そして殺すに値する者。定命に縛られるこの身では、あの人の孤独を埋められない。その悲しい願いを叶えるために、オルフェはこの地に栄える七つの国を渡り歩き、悉く滅ぼした。
 残ったものは、師の願いを叶えることができるのではないかという淡い希望。熱く胸を高鳴らせながら、オルフェは軽やかな足取りで西の森へと帰る。瞬く間の大虐殺を終えて戻ったオルフェを、アマルティーニはよく戻ったと短く褒める。そこに宿る期待の色が、オルフェはとても誇らしく、嬉しかった。
「さあオルフェ、私を殺してくれ」
 アマルティーニは死にたくないという一心で戦っていた。しかし、孤独の日々は彼女に終わりへの渇望を齎してゆく。死は怖い、だがこの生を終わらせたい。神に造られし旧い人間に、自死という概念は存在しない。だからこそ、彼女は己を殺せるほどの力を持った者を探し求め、黄泉の女王という怪物に成り果てた。
 人が大地を埋め尽くした頃、自分を殺してくれる者が居るのではと探し求めた。七つ国を滅ぼしても、それは敵わなかった。黄泉の女王を恐れ、生贄として森に残置された赤子を目にした時『居ないのならば育てればいい』と思い至った。戦い方の全てを教え、人の世に送り出した。戻らなければ、そこに強者が居るということ。戻った時は、自分を殺してくれる存在が生まれたということ。
 幾合も打ち合いながら、アマルティーニは喜びに震える。ここまで自分と渡り合える存在はいなかった。オルフェなら、願いを叶えてくれるかもしれない。そう思った瞬間──ごめんなさい、お師様。その声と共に、オルフェの胸から鮮血が噴き出す。彼女もまた、アマルティーニを殺すに至らぬ人間であった。
「お前も、私の願いを叶えてくれぬのだな……オルフェリア」
 一人の勇士と認め、初めて真名を呼ぶ。旧い言葉で、星の光という意味だった。