灰塵

オリジナル

内容そのまんまなんですけど縁切りとしてこういう願い方したらこんな叶い方したりするのかなってふと思った話
話のモチーフなだけであって実在の神社とは何も関係ありません


 死にてぇな、と思いながら目覚める朝ほど辛いものはない。
 生活が困窮している訳でも、他人に苦しめられている訳でもない。悩むほどの人間関係もない。ただ、息がし辛いだけだ。こんな人生が漫然と続くのかと思うと、一体何の拷問だろうかと頭を抱えたくなる。窒息する寸前で息を継ぎ、どうにか無様に生き長らえているのが俺という生き物だった。
 死にてぇなと思えども、自ら命を絶つ勇気がないのもまた俺という生き物だ。その決断を下せる精神状態を勇気があると称するべきなのかは分からないが、俺は痛いのも苦しいのも嫌いだ。それに、俺という人生の残り滓によって、家族が迷惑を被るというのも寝覚が悪い話じゃないか。まあ、そうなっている時点で俺はもう目覚めないのだけれども。
 そういう路傍の石ころみたいな意識達が、風船のように軽い俺の命を繋ぎ留めている。これまでに植え付けられた道徳心が、誰とも知れない誰かに迷惑をかけるかもしれないという妙な圧力となっているのだ。
 漠然とした責任や罪悪感を背負いたくなくて、卑怯な俺はいつもああ事故に巻き込まれねぇかなぁとか、凶悪な殺人犯に刺されねぇかなぁとか他力本願な死に方を望んでいる。その犠牲になるのは、いつだって未来と希望に溢れた人々だった。不平等なことだと思う。生きたいと願っている(かどうか俺は知らないがテレビはそんな感じのことを言っていた)人達がさっさと死んで、未来も希望もない俺がのうのうと生きながら死にてぇなと願っているのだから。
「縁切り神社って、具体的に願い事しないとヤバい叶え方するらしいよ。知り合いから聞いたんだけど、会社と縁を切りたいってお願いした人は事故って働けない体になったから会社辞めなきゃいけなくなったんだって」
 それを見たのはSNSだったか。何かのきっかけで話題になったのか、次々と投稿されていく似たような話を見かけてふと、この世界と縁を切りたいと願ったらどうなるのだろうと考えてしまった。
 気力はないが時間がそこそこある俺は、存外近くにあったその神社を訪れることにした。何の神様が祀られているのかは知らない。縁を切りたい人や場所がある訳ではない。ただ、オカルト染みたその言説に、ほんの少し縋ってみたくなっただけだ。落胆することを分かっていながら、俺は『この世界全てと縁を切りたい』という具体性も主体性もない、ただ切実な願いを捧げる。







 ごあ、と。







 目を開ける。何故目を閉じていたのだろうと疑問に思いながらも身を起こす。気を失っていたのだろうかと考えるが、その原因に心当たりがない。何か、大きな音を聞いた気がするが、仔細はまるで分からない。
 ぶつけてしまったのか体のあちこちが痛かったが、血は出ておらず体は問題なく動いた。改めて周りを見てみるが、視界は暗く閉ざされており、ほとんど何も見えそうにない。肌に触れるごつごつざらざらとした感触からここが岩場であること、上から微かに漏れる光から地下なのではないかと当たりを付ける。
 何故こんな場所に閉じ込められているのか分からないことばかりではあるが、ここから出ねばどうにもならないと岩場を登り、天井を押し退け外へ出る。
 広がっていたのは瓦礫、煤、砂、黒い何かが沢山。何だこれはと周囲を見渡し、俺が立っている場所が神社の境内ではないかということに思い至る。何が起きたのかまるで分からないが、どうやら地割れか何かに巻き込まれていたらしい。
 そこでふと気付く。辺りに転がっている黒い塊は、人の形をしてはいないかと。確かめる気は起きなかった。代わりに歩く。どこまでも、地平が広がっていた。
「……ああ、そうか。これが縁を切るってことか」