夢路の愛し子

FGOその他

マイルームに聖杯マ金フォウマのマーリンお兄さんを監禁しているぐだ子さんの相も変わらず不健全なおはなし


 原初の地、眠りの内から原初の母に握り潰され、消えゆく霊基。確かに見た死の姿。あの瞬間、間違いなくサーヴァントである彼は死を迎えて消滅した。噴き出す夥しい血。私は、何もすることができずにただ、死にゆく彼を見守ることしか──
「うん、苦い」
 思ったことがそのまま口に出た。毎夜隣でその夢をいただいているが、今日の立香の夢はひどく濃い味をしている。どろりと絡み付き、舌の奥に残り続けるような味が広がっていく。それは、時折彼女が見る夢であった。夢魔との混血である私にとって、人間の精神活動は良き糧であるが、彼女から食すのはもっと甘いものがいい。こうして揺らぐ精神もまた栄養ではあるのだけれども、私好みではないのだ。
「う……ん」
 短い呻きと共に、立香の瞼がゆっくりと持ち上がる。ゆっくりと数度瞬きをして、その身を起こし、目覚めたばかりのぼやけた視線が次第にはっきりと像を結ぶ。こちらに向けられる幼さを残した甘い顔立ちが、翳りを帯びてほんの少し歪められたのを見て、私は立香に向けて両手を広げた。
「おいで」
 そう告げると、立香は開かれた胸の中に飛び込み、両腕を力強く回してしがみ付いてきた。まるで私の存在を確かめるかのように。
 事実、確かめているのだろう。無意識に、私が本当にここにいるのかを確認している。それはきっと、彼女の心の奥底に刻まれてしまった深い傷。疼痛が見せるいっとう昏い夢。過去のリフレイン。背後に迫る暗闇から逃げるように、必死に彼女は私を確かめるのだ。
「何か……怖い夢を見た気がする」
 彼女はその一切を覚えていない。夢は見たそばから私が食べてしまうから。嬉しい夢も、悲しい夢も、全て等しく私のご馳走なのだ。密着する寝起きの熱い体が抱いていたものは、余すことなく私のもので、私だけが知っている。
 本人さえも覚えていないその不安を掻き消そうと、立香は私の唇を求める。その求めに応じて口付けをすると、立香の瞳がとろりと蕩ける。数度触れ合わせ、柔らかな唇を堪能してから、無抵抗に開かれた口内へと舌を忍ばせる。先程まで眠っていたからか、立香の口内は熱い。ねっとりとした唾液が絡み付き、ぬめりを帯びているのは、興奮によるものだろう。その感触に、食した夢のことを思い出す。
 実のところ、私はこうして彼女と睦み合っている時間はかなり好きだったりする。単純に気持ちがいいということもあるけれど、様々な思惟が絡み付いた立香の複雑な精神が、徐々に何も考えられなくなっていく過程が好きなのだ。揺れ動く立香の心は、実に美味しい。
「そんなに私が好きなら、私を連れて行ったらどうだい?」
 裾から手を差し入れて、脇腹のラインをそっと撫でる。実在と夢想の狭間の世界の話ではあるが、この腹に大穴が開いたことだってある。彼女は非力だ。彼女一人では何一つとして為しえられない、この上ない凡人。だからこそ、冠位魔術師はこの上ない戦力となる。身体を震わせながら、それでも立香は首を振った。
「聖杯に霊基の転臨を願い、英霊結晶による強化もこれ以上ないほどに行われた。今の私の霊基は相当なものだから、これを使わない手はないと思うんだけれどね」
 首筋に顔を埋め、耳を食む。背中に回された腕の力が強くなり、柔らかな膨らみがひしゃげて形を変える。
「絶対に、嫌」
 それは今にも噛み付かんばかりという獣の呻き。『死んで欲しくない』たったそれだけの理由で、立香は私をこの部屋に留めているのだという。彼女のどこにそんな意思の強さがあるのだろうかと、肩ほどに切り揃えられた髪を指先に遊ばせながら笑う。恨めしそうな視線が向けられているのだろうなと感じながら下着の留め具を外すと、息を呑む気配がしてもう一度笑った。
「いいんじゃないか? 霊基が消滅したところで私自身が消えるわけでもなし。それに──」
 肋の隙間を、指先で撫でる。しなやかな肢体がびくりと跳ね、熱い吐息と共に短く甲高い声が立香の喉から発される。甘い香りが彼女のうなじから立ち上り、少しずつ、その思考が欠落していく。
「──私がいつまでもここに居る訳ではないのだから」
 決まり切っていることを、はっきりと突き付けてやる。立香と向き合うと、そこには予想通り涙に潤んだ恨めしげな瞳があった。透明な膜の向こうで、様々な感情が揺れ動いている。泉に投げ込んだ小石が波紋を立てて広がっていく。水面が揺れる。
 滑らかな頬を撫でて、果実のように瑞々しい唇をそっとなぞる。それだけで、花咲くように白い頬が色付き、円らな目が切なげに細められる。
「ずるい。ひどい。最低。最悪……!」
 両肩を掴まれ、思いつく限りの罵声と共に押し倒される。キャスターとはいえサーヴァントの身としては、非力な少女の力などどうということはないが、立香がそうして欲しそうだったので素直にベッドに沈むことにする。そして、彼女は私がそうしてやったことも理解して歯噛みするのだろう。琥珀色の双眸が、私を見下ろし睥睨している。
「……でも好きなの」
 か弱く切ない愛の言葉と共に、噛み付くようなキスが降ってくる。何度も何度も、啄むように口付けながら、彼女は今にも泣きだしそうな目で私を見る。私を欲する。私を求める。手に入らないと知っていながら。
「好き。マーリンが好き。好きなの。だから……!」
 華奢な体を抱き寄せて、その続きを奪う。言葉は呪いだ。唇を割り開き、小さな口の中を優しく撫でた。こちらを睨め付けていた双眸はゆっくりと閉ざされ、口付けに酔い痴れていく。そんな立香に、私は優しく呪いを注ぎ込んだ。
「私が君と生きることはないよ。それでも私を求めるのかい?」
 口にしたかったその願いは、決して叶うことはないのだとはっきり告げる。希望など残さない。私はそこまで優しくはないし、残酷でもない。それでもなお、私を求めるのであれば、それは立香の自由であり私が関与することではない。こうしてしっかりと宣告しているあたり、私なりに気遣っていると言えるだろう。
 ぐらりぐらりと立香の精神が揺れ動くのがよく分かる。私の言葉一つ、指先一つで立香の心と体はいとも簡単に乱れてしまう。そうして圧倒的な熱量をもって、私にぶつかってくるのだ。
 立香は興味深いと思う。愛らしくもあり、どこかくすぐったいとも思うだろう。だが、私は彼女の感情を知識として理解はできても、気持ちとして返せるような心の熱量は持ち合わせてはいない。夢魔とはそういう生き物だ。
「私の気持ちなんて、知ってるくせに」
「うん、知っているとも。多分、君以上にね」
 濃く粘性を伴いながらもどこか淡くふんわりとしていて、ほのかな痺れを残していくが決して不快ではない。むしろ好ましいと言える。立香の精神活動はとても複雑でありながらも繊細で、かつ濃厚だ。それに、心が移ろう際の過程が何ともたまらない。
 立香は熱の籠った物欲しそうな視線を向ける。体の芯に灯った火が、彼女の体を少しずつ焦がしていく。それは明確な欲望だった。私は内腿を撫でてそれに応える。期待に震える体が一気に熱を帯びていくのを感じて、笑みが零れた。立香は眦を紅潮させながら、ひどい、と呟く。その声音は言葉とは裏腹で恍惚に濡れていて、とても。
「うん、甘い」
 蜜のように甘く蕩けるそれを、私は余すことなく味わうのだ。