あまくて、にがい。

メルクストーリア

「これで、終わりにしようと思うの」
 ショコラオランジュの最後の一粒を味わって、彼女が告げる。言葉の意味は即座に理解することができた。その瞬間が訪れることは、かなり前から、ともすれば最初から薄々と勘付いていたから。ああやはりという諦念と、それは嫌だと叫ぶ感情の、どちらを受け入れるべきなのか僕には分からなかった。
 いつもの店の慣れ親しんだ味だというのに、流し込んだホットチョコレートの味がよく分からない。まるでそれが熱した鉄のようにさえ感じられる。胃に、胸に、それは澱のように溜まっていく。この結末を迎えることを知っていることと、受け入れるということはまた別物なのだ。たとえ分かっていたことであっても、許容することなどやはりできはしなかった。
 国とは、一人で成るものではない。脈々と続くその血の系譜が、歴史となり、国となる。代々その血に統治の力を受け継いできた彼女の家なら尚更だ。だからこそ、妙齢となった彼女に求められることも自ずと見えてくる。そして、それは僕ではどうしても成し得ないことなのだ。
「僕のこと、嫌いになった?」
 返ってくるであろう答えは分かっていながら、意地の悪い問いを口にする。彼女を少し困らせたかったのと、八つ当たりに近いものだったのかもしれない。
「好きだから、終わりにしなくてはならないのよ」
 二心を抱いたまま他人のものになるのは不義である。真面目な彼女らしい考えだ。そんな彼女だからこそ好きになったのだけれども、全てを擲って共に逃げてはくれないだろうかという願望もまたある。その選択はできないということを知っているから、口には出さないけれども。これ以上彼女を困らせたくはなかった。
 別れの前、最後に一つだけ思い出が欲しいと彼女は言った。彼女が王城へと戻れば、この関係が終わる。最後という言葉に心を刺すものを感じながら、二人見つめ合う。ミント色の瞳は、ただ静かに揺れていた。広がるオレンジの酸味が、じわり、胸を締め付ける。
「……王子様は、もういらない?」
 その時の彼女の答えは、何であったか。純白の婚礼衣装に身を包んだ彼女を、遠巻きに見つめながら考える。堪えぬ歓声、花舞う中、生涯で最も美しい姿をしているだろうお姫様は、笑顔の下でなんて不幸せな顔をしているのだろう──ああ、思い出した。
「私はもう、お姫様ではないもの」