とどめ、とどまれ

メルクストーリア

とどめきと名も知れぬ誰かの短文
たづさんの弟は鬼に魅入られて神隠しにあった=とどめきはお兄様を迎えに来た+「お兄様」は兄であるとは限らない
ここから導かれるものを考えると少しゾクっとしますよね


 覗き込んだ泉に写っていたのは少女の姿。本来映っているはずの自分の姿はどこにもない。
思わず後ろを振り返る。少女はいなかった。泉と同じ景色がそこにある。入れ替わっているのは自分と少女。
 再び泉に視線を落とす。そこにはやはり、少女がいた。
 少女は岩に腰掛けながら、じっとどこかを見つめている。手持ち無沙汰に傘をくるくると回しながら、ただじっとどこかを見つめていた。
 ぽたり。頭上の枝から伸びた葉から露が一滴落ちる。すると、波紋と共に中の景色が変化していく。
 少女は雪の中にいた。同じように岩に腰掛けながら、ただじっと。傘の上には雪が積もり、立ち上る真白い息が厳寒を感じさせた。
 ぽたり。雫が落ちると景色が変わる。雨の日も、寂しい夜も、激しい日照りの日も、桜舞う日も。
 この子は──
「──誰かを待っている……?」
 つぶやいた時、紅葉に佇んでいた少女がこちらを振り向いた。今までこちらを一度たりとも見なかった瞳が向けられる。気のせいかと思ったが違う。
 彼女ははっきりとこちらを見ている。
 不思議そうに小首を傾げながら、少女がまっすぐこちらに向かってくる。口元が動く。何と言っているのかは分からない。
 少しずつ近づいてくる。一歩ずつ、まっすぐ、こちらに。逃げなければ。本能的に思ったが、体が動かない。視線はまるで縫い付けられたかのように赤い瞳から離れない。全身からどっとねばついた汗が噴き出した。
 そして、眼前にまでその容貌が迫った時、ようやく、初めて、少女の声を聞いた。


『お兄様』
『みつけた』