ブギーブルくんのはなし

メルクストーリア

リプライ貰ったキャラで話を書く企画で書いたもの


 厚いフードの下は、静寂に支配されていた。
 自分にとっては当たり前だが、他者にとってそうではないものがある。オレにとってのこの角がそうであるように。所謂混血というやつであるために、オレの頭には二本の角が生えていた。幼少の頃は特段気にも留めなかったそれが、物心付く頃には、周囲にとって異質なものなのだと理解するようになっていた。ただ一つの相違、だが、決定的な違い。他の人間にはない角が生えている、ただそれだけのことではあるが、オレを異端者たらしめるには十分な事由であった。好奇や畏怖、様々な感情を孕んだ視線が、いつも頭上に向けられる。他者も自身の角も嫌いな訳ではなかったが、時折ひどく自分が何者であるのかが分からなくなる時があった。
 動物の国で生を受けていれば、こんなにも周囲の目を向けられることはなかったのだろうか。そう考えたことがない訳ではなかったが、今になって考えてみると、動物の国の民は本能がとても研ぎ澄まされている種族であると聞くから、生の色濃い地で死の臭いを漂わせる存在もまた異端であったのだろう。
 どちらにもなりきれぬ半端な存在。産んでくれた親に恨みはないが、この世界が自分にとって息苦しいものであるということは揺ぎなく。フードを被り、角を隠せば向けられる視線は減ったが、代わりに世界はひどく静かなものへと変わったのであった。
 これで他者と対等であろうか。そう考えたものの、行き交う人々の肌は陽光に少しずつ色付いていくのに、フードの下の肌はいつまで経っても青白く。それに嫌気が差して始めた格闘技は、みるみるうちに上達していき、どこまでも自分は相反するいびつな存在なのだと嘲笑われているような気さえした。
 自分とは何者であるのか。抱き続けてきた問いに答えが出ないまま、いたずらに時間だけが過ぎ、心にもやを抱えたまま死にゆくのだろうか。怯えにも似たその自問自答は、常に胸の隅で反芻されてちくりと痛みを残す。この痛みを感じなくなった時、一体どうなってしまうのだろう。恐れと好奇の入り混じった仄暗い感情が、砂糖菓子が放つ甘ったるい臭いのようにオレを誘う。そんな漫然とした鬱屈な日々を打ち破ったのは、一つの出会いであった。


 その少女は、焦がれる視線をただ一点に向けていた。数人で集まって笑い合う子供達。その輪の外から、その輪の中へ。自ら近付くわけでもなく、ただ、じっと。いじらしくも見えるその姿に、何故かオレは既視感を覚えていた。
 ──こいつはオレと同じだ。
 言いようのない直感、根拠はないが揺るぎのない確信。思えばそれは、自身に流れる動物の血が叫んだのかもしれない。他者との交わりの流れから外れて、一人その様子を静寂の中で見つめている幼い姿は、自分の過去を見ているかのようで少し苦しい。
「お前、あの中に入らないのか?」
 彼女に話しかけたのは彼女の為でもあったけれども、同時に自分を救う為でもあったのかもしれない。ただ、同情などではなく、彼女と友達になりたいと思ったのだ。歳が随分と離れてはいるが、きっと楽しく話すことができるだろうと、ただそう感じたのだ。
「よお! 兄ちゃんが飛竜の末裔なのかァ!?」
 本人の代わりにキノチョコのパペットの口がぱくぱくと開閉し、開口一番飛び出した台詞に思わず面食らう。その容姿に似合わず、随分と荒っぽい話し方をするようだ。その間にも、もう片方の手にはめられたパペットが先程のパペットを制し、口を開いた。
「やめないか、この人に翼はないだろう。それに飛竜の末裔はいないし、こんな作り話なんて誰も聞いてくれないよ」
 落ち着いた声音で告げられたその言葉は、彼女の本心であろうか。そうだとしたら、それはとても悲しいことではないか。彼女がどんな世界を描こうが自由であり、他の誰にもその空想を否定する権利などありはしないのだから。そう思い至った時、自分の中の永きに渡る煩悶が氷解し、昇華していくのを自覚した。そうだ、答えはこんなにも簡単で身近なことだったのだ。
「オレに竜の翼はないけどさ、山羊の角ならあるぜ?」
 そうしてフードを下ろした時の彼女の驚いた表情と、そこから高揚に輝く瞳。何も遮る物がない世界に溢れる、様々な音。懊悩が去ったひどく晴れやかな気分。その情景を、オレは一生忘れないのだろう。
「オレと友達にならないか? お前の話、もっと聞かせて欲しいんだわ」
 深く、目元近くまで引き上げられた襟に隠された口元が、ゆっくりと弧を描いた。そんな気がした。