わるいおとなのはなし

FGOその他

「未成年なんで」
 差し出されたなみなみと酒が注がれた杯を辞しながら、彼女はそう言った。少し困ったように眉尻を下げて、両手を突き出して拒絶の意思を表す。その姿に抱いたのは、不可思議な違和感であった。怒りや憤りではない、純粋な違和。
 『まだ』成年ではないことを主張して酒精を断つ。つまりそれは、これからも世界が存続し続け、やがて来るべきその時を迎えることを盲信しているということだ。それが当然であるかのように。酒の味すら知らない子供が、世界を守ろうとしている。世界とは、子供の両肩に耐えられるような軽いものであっただろうか。それは断じて否だ。世界がそこまで軽いものであったなら、かの魔術王も三千年もの時を遡ったりなどするはずがない。
 本来、彼女は人理など背負う必要はないのだ。知ったことかと逃げ出したって、投げ出したって許される立場なのだ。それを抱えながら、ひたむきに、ただまっすぐにここまで彼女は走り続けてきたのだ。そういうものを見るたびに、人間とは愚かで、美しくて、愛おしいものだと思わされるのだろう。
「……だから私もこうしてここに来てしまったんだろうね」
 言葉が聞き取れなかったのか、それとも意味を図りかねたのか。不思議そうな表情を浮かべる彼女の腕を強く引いてやると、呆気なく傾ぐ頼りない体。この体躯に世界の存続がのしかかっているなどと、誰が思おうか。
 口唇を通じて口内の酒を流し込んでやると、初めての味への戸惑いか、目の前にある彼女の目が驚きに瞠られる。慣れぬ者にとって酒の持つ独特の香りは異様に感じられるのだろう。初めて口にするものならば尚更だ。
「悪いことをした味はどうかな?」
 視線を左右に泳がせ、しばし逡巡すると、彼女は顔を顰めながらぽつりと苦いです、と絞り出した。やはり子供相手にこの味は早かったようだと感じると共に、年相応の反応が見れたことに微笑ましい気持ちにもなる。
「いつか、この味が美味しいと感じる時が来るだろう。その時に、この味を思い出すといい。大切にしなさい、自分の時間を。人の一生なんて一瞬だからね」
 言いながら、その頭を数度撫でてやる。くしゃりと形を変える髪の下にはほんのりと熱を帯びた頬があった。暑い、とこぼれ落ちた呟きは酒気に当てられたか、それとも宴の夜の熱気故か。
 篝火と人々の笑い声に包まれながら、ウルクの夜は更けていく。